小泉チルドレンのスギムラ某が、自民党北海道連の公認漏れになって、選挙に出るのはこっちの勝手だと息巻いてるんだってね。無理ないよなあ。ロコツな使い捨てだもの。ま、道連としては、逆風選挙だってのに、あんなチンピラじゃ民主党に勝てないと判断したんだろうけどね。あ、こっちの方がもっと無理ないか。
そういえば某ユカリや某サツキも、先だって浮かない顔でテレビに出ていた。大親分の政治力がゼロに近くなったいま、針ムシロの心地なんだろうね。彼らに同情するわけじゃないが、“自民党をぶっつぶす”気運は、いまいずこ。
ところで、上記のチンピラが肩で風を切っていたころは驚いたね。いえ、フレッシュだとか率直な物言いがいいとか、そういうんじゃなくて。だってさあ、学生時代にガールフレンドをはらませて親父がカネを使って手を切らせた、なんつう話が表沙汰になっても、全然スキャンダルにならないんだもの。
日本人がオトナになった? 感覚が鈍化した? 口に気をつけろとチンピラに説教したモリ某が、学生時代にレイプした・しなかったで騒ぎになったのは、そのほんの数年前だったけどねえ。
あと、JAYWALKのヴォーカル、書類送検の報道には笑ったね。「中村耕一メンバー」だとさ。逮捕じゃないから「~容疑者」という、いつもの奇妙な呼び方が使えず、苦肉の策なんだろうけど。なら、中村耕一さんとか中村耕一氏とか書きゃいいじゃん。
犯罪者も人権は守らなアカン、かといって敬称を使うには抵抗がある。で、ウジウジ小細工を弄するから新聞記事がどんどんヘンな方向へ逸れてってる。日本て、被害者よりも犯罪者の人権の方が尊重される国だもんなあ。
噂のギャル曽根を初めて見た。大方テカリ顔にニキビのデブだろうと思っていたら、実物はほっそり華奢な美少女なのでビックリ。ほとんど少女マンガのキャラである。スタイリストが腕によりを掛けた成果だろうけど。
しかし見ものはルックスよりも、評判どおりの痛快な食べっぷりだ。料理もケーキもリズミカルにパクパク、乱れのないペースで次々平らげていく。うれしそうに頬をほてらせて、食べる喜びを全身にみなぎらせる。
早食い競争の出場者みたいな、なりふり構わぬ見苦しい食べ方ではない。まして、飢餓感のもたらす卑しさなど微塵もない。あくまでも無邪気かつ爽やかだ。何より、食べ物を粗末にしないという美点が際立っている。普通の大人の少なくとも3倍の量を腹に収めながら、彼女は米粒一つ残さず散らかさないのである。これは、立派な芸であろう。
ただ、メタボと高脂血症にはくれぐれも用心を!
一方、マイクロバスのドアが開いて小学生が死んだ。この事故で、後続トラックの若い運転手が逮捕。気の毒に。高速道路でいきなり目の前に子供が落ちてきて、とっさに避けきれるかねえ。速度オーバーだったというが、いまの高速道路で制限速度を守ったら大渋滞、もっと大きな事故につながるんじゃないのか。
ここしばらく松下竜一の《底ぬけビンボー暮らし》を辛抱しながら読んでいたが、半分まで来たところでギブアップ。読んでいて、それはもうアブラ汗がにじんでくるぐらい詰まらない。
この人、環境保護運動の先頭に立ったり、蜂ノ巣城主こと故・室原知幸氏に連帯したり、尊敬すべき生涯を生きた人(04年没)である。なのに、ここに書いてあることは、ひどく小市民的だ。曰く、著書がちっとも売れない、年収が200万もない、小学校時代の同級生に恵んでもらって助かった、等々。これじゃあ売れないよ、松下センセ(と本人が文中で自称している)。
かつて日本が貧しかったころ、新藤兼人とか山本薩夫とか亀井文夫なんていう社会主義リアリズムの映画作家たちが、暗~い映画(《どぶ》《太陽のない街》その他)を見せて、カネを払って観に来る観客たちを暗~い気分にして帰していた。あれって、お互いビンボーでよかったね、ヤキモチ妬かなくてすむもんね、悪いのは政治だもんね、みたいな感覚だったよなあ。いま、あのノリで読まされてもなあ。
韓国の大統領って、任期たったの5年で再選禁止なんだってね。これじゃあ在任中に何か成果を挙げろと言われたって、ちょっと難しいんじゃないかねえ。どうせオレは表舞台から降りるんだ、とか思ったら政権末期には本腰も入れられないだろうし。
かといってブッシュみたいなサルに計8年も居座られたら、国民も迷惑だろうけどさ。それにしても、プーチンのやってる露骨な院政プランが不可能なあたり、やっぱりロシアより韓国の方が民主主義が成熟してるんだね。
一方、南米ベネスエーラじゃ、チャベスが終身大統領になろうとアクセク。この男、最初はカッコよかったが、だんだん強権体質を露わにしてきたね。強大なアメリカの覇権に対抗するには、ある程度の強権が必要だという議論もあるが、過去ヒトラーもスターリンも毛沢東も金日成も、みんな似たような言い方をしてきた。そして彼らは、何千何百万もの自国民を虐殺した。
独裁者は国のために権力をふるうのではない。テメーの懐のためにふるうのである。
昨日の夜、Nスペの年金問題特集を見たら頭に血が上って眠れなくなってしまった。久しぶりにNHKが気骨を見せた番組だったが、感心なんかしてる場合じゃない。
5000万件もの年金が宙に浮くことになった原因てのが、1と9を書き違えたり、名前を書き忘れたり、地域コードが変わったのにキーパンチャーが古いコード番号を入力し続けたり、信じられないほど幼稚なケアレス・ミスのオンパレードである。日本の役人て、知恵遅れなのか。
こういうズサンな事務の結果、どうがんばっても受給者を特定できない年金が、神奈川県分だけで9000件あまりにのぼるという。全国では一体、何十万件になることか。それらは結局、ワカリませ~ん、でウヤムヤにされてしまうのだろう。
アホのアベ某が大見得を切った期日までにケリをつけられそうもない、なんてスケジュールの問題は、実は大した問題ではない。担当役所の怠慢のために、当然の権利として貰うべきカネを貰えない国民がいる、ということが問題なのだ。これって、紛れもない国家規模の詐欺という犯罪ではないか。どうしてだれも死刑にも懲役にもならないのだ。
しかし、社保庁ばかりが槍玉に挙がってるが、税務署とか健保を扱う役所とかは大丈夫なのかねえ。他人のカネの扱いに無神経という点で、いずこも同じでなけりゃいいが。
近くライス・レコードから出る《エディット・ピアフ/シャンソンの声》の制作を、少々手伝わせてもらった。選曲はライス主宰の田中勝則さん。〈愛の讃歌〉も〈バラ色の人生〉も思い切りよくカットという、破天荒の内容だ。その代わり、空前絶後のあの超名演〈群衆〉など、ピアフが持ち前の歌唱力をフルに発揮した録音ばかりをズラリ24トラック収めてある。
つまりこれは、ピアフの伝記映画のヒットなどとはまったく無関係な、音楽本位のコンピレーションなのだ。話題の人ピアフではなく音楽家ピアフの実像を明らかにする初のアルバム、といってもいい。この人は大衆歌手の通弊で、名演も多かった代わりには凡演・駄作も少なくなかった。だから10枚組の大全集なんてのを辛抱して聴くより、こうして選りすぐりの名演をギュッと濃縮した1枚を聴いた方が、彼女のすごい実力を端的に実感することができる。
こんなアルバム、実はフランスにもなかったんじゃないだろうか。ピアフの既出コンピレーションは判で押したように、あの愚劣な有名曲〈バラ色の人生〉から始まる。あれで大抵の人が、ピアフの真の姿を捉えそこなってしまう。
それと、もう一つ楽しみなのが音質だ。カルメン・ミランダやアマリア・ロドリゲスのコンピレーションなどで、これまでに何度も確認しているが、他のレーベルのCDではキンキン険しくヒステリックに響く声が、ライスのリマスタリングを通過するとウソのようにふっくらと潤い豊かな響きに変わる。魔法を使っているとしか思えない。
ピアフの既存CDは、声のキンキン度が特にひどい。そういう意味でライスの新しいコンピレーションは、ピアフの本当の声を聴かせてくれる初のアルバムでもあると思う。来年1月の発売が待ち遠しくてならない。
プーチンが後継者に指名したメドベージェフって野郎は、若手でイケメンで自由主義的ってんで西側でも評判いいらしいが、こいつ、腹黒政商の典型らしいよ。
サハリン周辺の海域では、1994年からロシア政府の承認のもとにロイヤル・ダッチ・シェルと日本の2商社の手で「サハリン2」という石油・天然ガス開発計画が実施されているが、完成間際の2006年になって突然、環境破壊をしているとロシアがインネンをつけ、開発会社の英蘭と日本の権益を大量に取り上げた。
その権益を手に入れたのが、メドベージェフが会長に居座る独占企業のガスプロムってロシアの会社だ。おかげでこの野郎には、ほとんど懐を痛めずにサハリン2の収益の半分以上が転がり込んでくるってワケ。
旧ソ連は第2次大戦末期、日本が原爆でやられて降伏間近と知ると、一方的に中立協定を破って満州になだれ込んできたが、同じパターンだね。
船場吉兆の取締役とかの謝罪会見には笑ったね。
記者「欺くという意識はあったのか」
プロンプター「ないです」「ないです」「ないです」
ユキ某「……」
プロンプター「ないです」
ユキ某「申し訳ございません」
記者「以前、経営者に責任はないと言ったが」
プロンプター「頭が真っ白になったと」
ユキ某「あのー、えーと、初めての経験で……頭が真っ白になって……」
プロンプターはおふくろさんらしいが、頭が白くなっても(脳みそじゃなくて髪の毛が)まだママの言いなりなんだもの、これじゃ亀田のノーテンキ親子の方がまだマシだね。この過保護ママ、役員で居座り続けるつもりらしいが世間が納得するかね。
吉兆にせよ赤福にせよ、かつての三菱自動車にせよ、ブランドにアグラをかいてきた企業は袋だたきに遭おうと潰れようと、まったく同情を感じないね。従業員には気の毒だが。
ヤツガレメは本来ヴォーカル・ファン、より厳密には女の歌好きなのだが、時に人間の声が鬱陶しくなることがある。で、そういう気分のときに聴いてるのが、左掲の2枚組インスト・アルバム。“ショーロ”って名前はchorar(泣く)という語から来てるそうだが、演奏自体は伸びやかでハッピーな雰囲気だ。低めの音量で掛けっ放しにしておくと、すごくいい感じ。
トラックは曲が書かれた年代順に配列されているらしく、時代を追って次第に曲構造が高度化し、技巧的になっていくのが分かる。ただし個人的な趣味で言うと、初期の素朴な曲の方がなんか愛おしい。その素朴なメロディを、現代の若手プレーヤーたちが実に楽しそうにプレイしている。
こうした古い曲には、時折ハッとするほど美しいメロディが出てくるのだが、それが大抵マイナー。その辺が“泣き”の由縁なのかなあ。
このアルバムをプロデュースしたのは、オフィス・サンビーニャの田中勝則さん。悲劇的なことに現在のブラジル人には、これだけのブラジル音楽のアルバムを創り出す力がないらしい。アラブ・アンダルース音楽をパリでやってるアキム・エル・シカメヤが、現在のアルジェリアはドンガンドンガンのビートばっかりと嘆いてるそうだが、ブラジルも似たようなもんだもんなあ。
ところで、泣きたくなるぐらい美しいマイナー・メロディって、アラブ・アンダルース音楽にすごく多いんだよね。シチリア民謡やナポリ歌謡、その源流の18世紀ナポリ派オペラにも沢山あって、あれはアラブ音楽の影響にちがいないと大ざっぱに考えていたが、正確にはアラブ・アンダルースの影響と言うべきかもしれない。それがポルトガル、イタリア、ガリシアからの移民たちによってブラジルやキューバやカリブに移植された――ってのは、まったくの空想だけどさ。
このところブログの更新をサボっていたが、一昨日は国境の南でFB/DJさんとエル・スール・レコーズのジョイント忘年会。こういう場にトシ寄りが押し掛けると、若い人たちがシラけてしまうので控えた方がいいのだが、誘惑に負けて乱入。マリア・テレーザ・デ・ノローニャがうたうコインブラのファド〈私の世界Meu Mundo〉を掛けさせてもらった。コインブラのファドって大抵、出来の悪いシャンソンみたいに詰まらないが、ノローニャがうたうと別だ。すばらしくパセティックな情感が乗って、肺腑をえぐるような歌になる。例の幻のボックス・セット収録の歌。ぼくは持ってないから、他人のフンドシで勝負である。
やっぱ接戦の野球ほど面白いものはないね。どんな映画よりも、芝居よりも、音楽よりも、セックスよりも面白い。国別対抗戦となると、なおさらだ。相手も目の色変えていたが、日本側も異様なぐらい気合いが入ってた。こういう場合は、ワタシも遠慮なくナショナリストにならせてもらいます。でも、たとえ負けても韓国を恨んだりはしないね。これだけ楽しませてくれたんだもの。
ただし韓国は、策に溺れたんとちがうか。直前に投手とラインアップの大幅変更なんて、自軍に与える動揺の方が大きかったと思うよ。選手たちが観てて痛ましいぐらい緊張してたもんね。
わが愛するロッテの成瀬とサブローが活躍してくれたのも吉。ボビーの秘蔵っ子のサブローは、イチロー並みの守備力と言われてるのに推定年俸7000万は安すぎるよなあ。人がいいのを球団につけ込まれてる? この人ぐらいエレガントな野球選手はいないよ。
さて、今夜はイアン・カーティスをモデルにした映画《CONTROL》の試写。でも、パスして台湾戦観戦かな。