またまたシャシャリ出てきたタモガミ某。「私の論文は村山談話と矛盾してない」「私の論文は村山談話と別物」(上空に飛来した他国機を撃ち落とすと)「そんなことしたら、戦争になります」「私なら撃ち落とす」等々、言ってることが支離滅裂、矛盾だらけ。どういう精神構造だ。
おまけに、とっくに売れなくなった芸人を引き合いに出して、時代感覚のズレも露呈。子供でもためらうような低俗受け狙いに、見ているこっちの顔から火が出たよ。
普段いばり返ってる三宅ナントカなるジジイとか自民の代議士とかが、ピタッと口を閉ざして小さくなってたのが印象的だったねえ。あれ、うっかりしたこと口走って、こんなバカと心中する羽目になっちゃタマらんと用心してたんだろうね。
一方フリーのライターなんかには、右翼民族派に対して下僕根性丸出しでゴマすりやる低脳がいるんだよな。先日のテリー伊藤に対して、今度は勝谷ナントカってヤツ。こいつら、世間の大勢から外れたら食ってけないと、常に強迫観念にとりつかれてるからね。
で、その勝谷ナントカがここを先途と猛烈な勢いでヨイショを始めたので、うんざりして風呂に入ったが、三宅ナントカみたいな海千山千は腹の中でせせら笑ってたと思うよ。
話は違うが、NHK-hiの番組タイトル。「ワールド・ロック・ライブ/サラ・ブライトマン」だとさ。どういう精神構造だ。
太田光の政治バラエティにタモガミ某が出るというから見てみたら、アホくさ。丸っきりゴマすりじゃん。あの低次元論文をあげつらうどころか、内心共感してる政治家が多いとか、だのにだれも助けようとしないとか、テリー伊藤なんぞ、ほとんど幇間、タイコ持ち。見苦し。
太田も太田で、退職金返納する気はないか、などと下らんこと訊く前に、守屋前次官の不始末をどう思うかとか、憲法9条をどうしたいかとか、そんだけ国を愛してるというんなら選挙に出たらどうかとか、突っ込むポイントはいくらでもあるだろうが。
相手が武官系だと、なんでこうみんなオッカナびっくり、へっぴり腰なのかね。しょせんテレビ・タレントの底の浅さ? ケチな食品偽装の中小企業のオヤジなんかだと、徹底してイビリ抜くくせに。
と書いてて、気がついた。あ、そうか。オレも鈍いね。放送してるのが読売系の日テレだもん、国家主義者を叩くワケないわな。初めっからタモガミ擁護の番組作りなんだ。
あー、イヤなもの見てしまった。9条放棄と軍人復活なんか、ますますとんでもないって気になる。
周りの関心を引きたい一心で、35の女がわが子の点滴に毒物混入。代理ナントカ症候群というんだそうだが、ここまでエゴイズムに徹することができる、ってとこが凄いね。ま、男にも、手柄を立てたい一心で火を点けて回る消防団員、なんてのがタマにいるけどさ。
たまんないのは、こんな女を母親に持った子供だ。子は親を選べない。この女の子供はすでに3人、病死してるそうだけど、こうなると横溝某のオドロオドロしいミステリーも形無しだね。事実は小説より奇なり。
一方、海の彼方じゃ投機で儲けてわが世の春だったアイスランドとドバイが一転、金融危機で破産寸前。いい気味だ。オマエらの穀物投機のせいで続々餓死したアフリカの子供たちと同じ苦しみをなめるがいい。
トヨタが何十年ぶりかで赤字になるってんで、当のトヨタばかりか政府もマスメディアも大騒ぎ。アホか。
だってさあ、去年の利益が2兆何千億かあったんでしょ。それだけ儲けてりゃ、派遣を含めて全労働者を1年や2年、ラクに養えるはずではないか。1500億程度の赤字なんか、ハナ紙みたいなもんだろう。
だのに、明日にも倒産するみたいな言いぐさで大っぴらに派遣切りやってる。リスクは全部、弱い立場の者に背負わせるトヨタ流、ロコツだね。
報道するマスコミがまた派遣に同情する振りして、どこか不況だから仕方がない、ってニュアンスだ。仕方なくないんだよ。トヨタは赤字を出したからじゃなく、手前の儲けを守るために派遣切りやってるだけだ。
なんか政府とマスコミが結託して、派遣切りやむなし、ホームレスの増加やむなしの国民的コンセンサス作りやってる感じだね。
恒例《世界の音楽を聞く》コンサート今年最後のお題は、忘年会も兼ねて
「ワールド・ミュージック、行く年来る年」
今年のワールド・ミュージックを振り返りつつ、来年の予想もやろうという趣向です。すでに忘年会を何回かハシゴした猛者もおいでと存じますが、今年の総仕上げにゼヒお越しください。お薦め盤の持ち込みも大歓迎。
いつもの場所でいつもの時間にいつもの顔触れですが、曜日だけは今回にかぎり日曜ですので、ご注意を。
2008年12月28日(日)
渋谷・国境の南
Tel. 03-3463-5381
午後3時30分開場 4時スタート
司会:北中正和、田中勝則、蒲田耕二
事故で両手を失い、手の移植を受けた男のノンフィクションである。別にとりわけ人に薦めたい本ではないが、中に出てくるエピソードにおもしろいのがある。
この人、移植を受ける前に義手を作る。ところが、ちゃんとサイズを測って作ってもらったにもかかわらず、出来上がった義手は長すぎて、着用すると手長ザルのような姿になった。すると、義手を作った外科病院が、なんて言ったと思います? 腕の方を手術で短く切ったらどうかと言ってきたそうだ。
まさか、と思うでしょ。しかしオレは、ありうる話だと思うね。フランス人なら、それぐらい言いかねない。彼らはとりあえずダメ元で、自分たちの都合を主張する。都合の悪いことは全部、他人に押しつける。そうすることを彼らはデバ(ディベート)だと称する。
こうして押しの強いヤツ、口の達者なヤツが一方的にトクをし、良識を持つ人間、気の弱い人間は一方的にソンをする。だれだってソンをしたくないから、フランス人は相手を言い負かそう、相手に付け入られないようにしようと絶えず気を張っている。
その結果、だれもが他人に心を許さず、社会が常にギスギス緊張しまくってる。世界中でフランス人がいちばん嫌いと常日頃オレが言うのは、主としてこういう理由からだ。
ブッシュのやつ、靴なげつけられてやんの。日本でいや、さしずめ牛のクソを投げつけられたってところかね。必死の形相で冗談いおうとしていたが、頬の筋肉がヒクヒク。
また、投げつけた記者の所属するイラクのテレビ局だかのセリフがいい。「アメリカはわれわれに言論の自由を教えてくれた。それに則って、わが社の記者を即時、釈放してもらいたい」
この行為の痛快なところは、テロなどとちがって他の世界に敵意をかき立てないことだ。さすがのアメリカも、これには報復できまい。
ところで、派遣切りで職を失う人が来年の3月までに3万人にものぼるだろうってのに、ウォン安の韓国には日本人の買い物客があふれかえってる由。格差の拡大、ますます進行してるね。
日本でも、アホーダローにクソぶつけるやつが出てくるといいのに。通り魔やったり元官僚襲撃したりするより、共感を得られると思うけどねえ。
教養の高さと知性の高さってのは必ずしも比例しなくて、たとえば音楽界には美空ひばりとかセリーヌ・ディオンとか、まともな学校教育を受けてなくても目から鼻に抜けるように利口な人物がかつていたし、いまもいる。しかし政界じゃ、これが正比例するらしい。
マンガばっかり読んでて漢字もロクに読めない男が首相になるから、このていたらくだ。中村とうようさんが、アホーダローと書いてるとおりだったね。
ところが、なんとかいう官房副長官いわく、国民の10人に2人も支持してくださる、がんばれと言っておられる、だとさ。アンタ、10人中8人が辞めろって言ってんだよ。ったく、政治家ってのはどこまで面の皮が厚いんだ。
官房副長官のこの発言、NHKの7時のニュースは伝えたが、ニュースウォッチ9じゃ、案の定カットしていた。
政治家がこうなら、企業家も同じ穴のムジナ。経団連のミタライ某いわく、テメーの会社の下請けに派遣切りさせといて、苦渋の選択とはフザけるな。景気のいいときも、やたら派遣社員を使ってたろうが。いざってとき、簡単にクビを切るために。
こうして格差がさらに拡大すれば、通り魔事件はますます増えるね。夏の秋葉原の惨劇も元厚生次官の連続襲撃も、根は同じだろう。オレの知り合いの派遣労働者も希望をなくして、閉塞感ばかり募らせてる。
こういう事態の端緒を作ったのは、格差は悪いことだと思わないと言い放った小泉純一郎と、その子分の竹中平蔵の新自由主義だ。この1件だけでも、彼らのやったことは許せない。
というと、現役時代は粗製濫造のB級監督の典型のようにいわれていたが、右掲書とか、近ごろなぜか再評価の声が高い。で、オレって乗せられやすいタチだから、NHK-BSでやっていた次郎長シリーズの中から《初祝い清水港》とかいうのを録画してみた。ほかのは観てないから、これが出来のいい方なのか落ちる方なのかは分からない。
初めは強引なコジツケの目立つ脚本や、まるでリズム感のない編集に参ったが、辛抱してみていると、なるほど、なかなかムフフな演出である。
チンピラやくざが不始末をして、母と慕う組のアネゴに縛られるシーンが出てくる。アネゴの方も、チンピラを憎からず思ってる。だもんで、二人揃って「好きです」「かわいい」などと口走りながら、わんわん泣いて縛り縛られる。その描写が異様に熱っぽく、かつ長々しい。
アネゴがチンピラの胸に縄を回すとき、背後から抱きかかえる形になる。バーチャル母子の浪花節的表現に見せかけてるが、これって明らかに少年と大年増の疑似SMプレイじゃん。
そのあと、次郎長親分が縄をといてやるのだが、そのときもチンピラを背後から抱きかかえて腕をもみほぐしたりする。こっちはゲイセックスの暗示? やくざの世界って、けっこう多いっていうしさ。
ま、なんですな、性表現にいろいろと差し障りのあった時代は、それなりに工夫を凝らしていて、そこに今の身もフタもない直接的表現にはない味わいが、たしかにありますなあ。
20世紀初めのウィーン録音の復刻盤が何枚か、HMVオンライン・ショップの半額セールに出ていた。この辺りの音楽はさっぱり不案内だから、1枚ぐらい持っててもいいかなと買ったのが、これ。選択の決め手になったのはもちろん、あられもないジャケットです。ブックレットを開くと、もっとスゴイ写真が出てくる。
タイトルのうちPikanterienてのは、なんだかよく分からんが、Zotenは“春歌”って意味らしい。ウィーン爛熟期のアングラ歌集ってとこですかね。写真の巨乳のお姉さんは、間違いなく娼婦だろう。
しかし娼家の音楽にしては全般に歌がさっぱりしすぎてデカダンな味に欠けるし、裏社会の妖しい魅力も乏しい。非ラテンの中欧~北欧の音楽って、大体においてメロディが貧弱でつまらん。あれはトルコ~アラブの影響が希薄なせいじゃないか。やっぱレンベーティカのような、一種凄みのある麻薬的音楽ってのは、そうそうないもんなんだね。
ただ、時折出てくるピアノ伴奏が、もったいないぐらいうまい。多分クラシック・アーティストのバイトだと思うが、その辺はさすが音楽の都。