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朝青龍が優勝決定戦のあとに決めたガッツポーズが下品だというんで、厳重注意だってさ。またやったら大変なことになる、って脅されてるらしい。解雇?
しかし、ガッツポーズはいかんなどと言われたら、野球じゃホームラン打つ選手がいなくなるんじゃないかね。サッカーのゴール後の、あの派手なパフォーマンスはどうなのよ。死刑?
相撲は野球やサッカーと違う? 日本古来の伝統文化だ? 国技だ? それを言うんなら、ハナから外国人力士を入れるなよ。どんな文化も時代とともに変容しなきゃ生き残れないのは、常識でしょうが。
なんか最近、オレってやたら朝青龍の肩を持つが、事前のあらゆる予想をはねのけて優勝したあの気迫で、彼の難点が全部チャラになった気がする。かつての貴乃花の「感動したっ」((C)コイズミ某)優勝以上じゃないかね。
朝青龍、なんとか初日を出したね。稀勢の里を寄り切ったあと、勢い余って相手の顔を両手で張っていた。よっぽど勝ちたかったんだろう。相変わらず品のない取り口だが、責める気にはならない。
突然ですがこの関取、マリア・カラスを連想させるんだよね。別に、カラスが若いころ力士も顔負けするぐらい太ってたから、ってんじゃないよ。短期間で残した実績のすごさ、世間の激しいバッシング、強烈な存在感がそう思わせるのだ。
カラスは、音域の広さと歌唱技術の高さで他のソプラノの優に2人分をカバーしていた。さらに、18世紀から20世紀初頭までの極端に異なった音楽様式に難なく対応できる歌唱力があった。だから、プリマ・ドンナ・アッソルータ(絶対的なプリマ)とかラ・ディヴィーナ(神聖歌手)などと呼ばれていた。全盛期のカラスは、全盛期の朝青龍と同じく無敵だった。
しかし、このくらい歌手生命の短かった歌手も少ない。大抵のソプラノがうたい盛りになる30代半ばで早くも高音が出なくなり、40歳を迎えるころにはガサガサに喉が荒れていた。デビュー当時から声の出し惜しみをせず、最高の劇的表現を得るために声帯を酷使し続けてきたからだ。
1958年1月、カラスは不調のためイタリア大統領臨席のガラ公演をキャンセルした。すると、それまでの絶賛の嵐は一変、国中の非難を浴びることになった。自宅の窓に汚物を投げつけられたそうだ。カラスが契約義務を果たさなかったケースは、実はこのときを含めて生涯にたったの2度だけなのだが、以後、稀代の傲慢でわがままで無責任なキャンセル魔とされた。これって、なんだか帰省中のサッカー事件で一気にヒールのレッテルを貼られた朝青龍に似てません?
朝青龍はいま、自分の衰えを自覚しながら、あえて初場所出場を選んだ。多分、自分自身を納得させるためだろう。負け越す可能性大だと思うが。カラスも1965年、往年の実力はとっくに消えたと知りながら、パリで《ノルマ》に出演した。数あるオペラの中でとりわけ歌唱の困難なオペラだ。そして共演した若手メゾ・ソプラノの完璧な歌に対し、不様な破綻を次から次に露呈した(当時のライヴ録音が残っている)。
かつて無敵を誇った王者の末路は、やっぱりみじめと言うべきかねえ。衰えを世間にさらす前に去る、という美学もあるけどさ。だがそれより、自分かやるべきことをやって燃え尽きたと証明して去る方が、なんか大衆に対して、より誠実な決着の付け方じゃないかって気がする。
これが21世紀の話かね。集団暴行で新弟子を殺しといて「かわいがった」だとさ。ビール瓶で頭ブン殴っといてだよ。トキツカゼなる人殺しは、いますぐブタ箱に放り込め。
大学時代、体育会系のクラブで何より嫌悪感を催させたのは、先輩後輩の絶対的序列と暴力肯定の気風だったが、あの前近代性がいまだに残ってたとはね。イスラム世界の男尊女卑を、日本は笑えないではないか。
朝青龍の問題では、世論はおおむね相撲協会の立場を支持していたが、これで風向きが一変するんじゃないか。ここまで古くさい角界の体質が露呈すると、朝青龍のあの不可解なフテクサレにも一理あったんじゃないかと、オレは思いだしたね。
そういえば、政界の黒幕で通ってるモリ某も体育会系出身だが、あいつも随分と前近代的言動をするよなあ。