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渋谷名物・ヘンな3ジジ主宰の好例レコード・コンサート、次回のお題は
「世界のガール・グループ」
です。古今東西、音楽ファン(誰を?)を魅了してやまないガール・グループの数々。そのルーツはいずこに。どうちがうデュオとガール・グループ。こんなところにもガール・グループが。などなど。世界のガール・グループの多様性と魅力に国境トリオが迫ります。
新型インフルの猛威もいっとき忘れ、秋の午後をまったりお過ごしください。
11月7日(土) 3:30PM開場 4:00PM開始
会費1000円(1ドリンクつき)
国境の南
東京都渋谷区道玄坂2-25-5 島田ビル3F-D
TEL/FAX: 03-3463-5381
てのは、ご存じ日本で大人気の甘ったるいピアノ曲である。セミ・セレブ家庭の女の子がおさらい会で弾く曲というと、これに相場が決まってる。
昔、まだ日本人が何でもアメリカ文化をありがたがってたころ、ワルター・ハウツィヒという日本国外ではだれも知らないアメリカ人ピアニストが日本で録音して、ひばりの歌謡曲以上の大ヒットにした。
そのときの録音エンジニアに言わせると、たかだか5分足らずの超やさしい曲なのだが、どうしてもミスなしに完奏することができず、仕方がないから何本ものテイクを継ぎ接ぎしてやっと発売に漕ぎつけたそうだ。
ンなことは、どうでもよろしい。テープの継ぎ接ぎなんて、ポップスの録音じゃ当たり前だ。それより、今日の夕方のニュースでNHKがこの曲にまつわるエピソードを放送していたので、おや、と思った。
曲は150年前にポーランドの少女が作曲した。しかし、ポーランド人はだれも〈乙女の祈り〉なんて知らない。“祈り”が宗教ぽくて、共産党のイデオロギーに合わないから抹殺されたんだそうだ。
ありそうな話だよね。40~50年代の日本で左翼青年が愛唱した〈スリコ〉というグルジア民謡も、ロシアじゃフルシチョフのスターリン(グルジア出身)批判以後、急に歌われなくなったっていうし。
でもさあ、なんでいまその話題なワケ? なんか作為を感じるんだよね。いま日本で共産党が支持を伸ばしてるそうだけどさあ。オレは支持してないけど。
あんなセンチで退屈な曲、別に弾圧しなくたって普通は忘れられんじゃないの? 60年代に来日したポーランドの名ピアニスト、ハリナ・チェルニー=ステファンスカは日本で〈乙女の祈り〉の録音を求められて、こんな幼稚な曲弾いたら名が廃る、と一蹴したもんね。
午前0時一斉発売でファンが行列って、ほとんど新しいゲーム機かパソコンOSの発売と一緒だね。カルト化している点じゃ、どれも似たようなもんだが。
リマスタリング盤を買ったファンが、ビートルズが近くでうたってる、古いのは遠くにいる、とテレビで話していた。だろうね。それ聞いて、こりゃ買えん、とオレは思った。
いま実は60~70年代のLPを聴き直していて、その情報たっぷり潤いたっぷりの美音に毎日ほれぼれしている。LPでは大体、歌手が身近に聞こえる。楽器の強弱のメリハリが大きい。それに対して90年代のCDは、おしなべて音のイメージが平面的だ。歌手の音像がちんまりと小さく、音楽がダイナミックなはずみに欠ける。
だから「近くでうたってる」ように聞こえるリマスタードCDは、LPの生き生きした音に近づいたと言えるかもしれない。しかし一つ、大きな違いがある。この手のCDは大抵、音がひどく歪みっぽいことだ。
かつて大手のレコード会社は軒並み、膨大なマスターテープの保存スペースに困っていた。だから80年代末にDATが開発されると、これはいいとばかりにマスターをどんどんDAT化して、オリジナルのアナログテープを捨ててしまった。
DATに移すとき、アナログテープ特有のシューシューというヒスノイズがカットされた。それと一緒に音楽信号も一部カットされた。情報が失われたから、90年代のCDはノッペリ平面的な音質になったんだそうだ。
リマスタリングという作業は大体、CDの生気のない音質の改善策である。しかし、失われた情報を回復しようというのだから、かろうじて残った微かな信号を強引に拡大したり、人工的に倍音をつけ加えたりするしかない。無理に無理を重ねるから歪みが激増する。人間の声がキンキンカンカン、耳をつんざくようにやかましくなる。
まあ、ロックというジャンルでは耳に受ける刺激も楽しみの一つだから、歪みの多い方がかえって喜ばれるのかもしれないが、近ごろのレコード会社はオペラやシャンソンでも同じことをやるからねえ。LPをお持ちの方は、間違ってもオークションで叩き売ったりしないよう、お勧めしますよ。
ところで、ソニーが3Dテレビ発表。3Dというと、テレビの攻勢で不振に陥ったハリウッドが、50年代の初めにまずやった。『肉の蝋人形』とか『雨に濡れた欲情』とか、くだらん駄作ばかりですぐ飽きられた。
80年代には、ビクターが開発したビデオディスクのVHDが、どう頑張ってもレーザーディスクに勝てないので3Dを始めた。普通のディスクよりもっと売れず、すぐ消えた。3D映画同様、メガネを掛けなきゃなんない煩わしさがあったからだ。
いずれも苦肉の策ってところが似てますね。今度の3Dテレビもやっぱりメガネが必要というから、まず長続きしないね。
「SPレコードで聞く世界の音楽」
ライスから発売されてご好評いただいている『ホット・ウィメン』(ライス INR-2032)に対抗して(?)、今回は世界のさまざまな地域の音楽を、SPレコードの音源で聞いてみようという企画です。
SPレコードそのものは持ってゆきませんが、実際にSPレコードから落とした音源(マスタリングやノイズ・リダクションをしていないナマ音)をたっぷり用意。それを聞きながら、SP時代の音楽ならではの楽しさを満喫していただきます。
もちろん美麗な盤から落とした音源がほとんどですから、そんなにノイズはありません。SPって、こんなに音が良かったのかと驚かれるかも。ご案内はいつものように北中正和、田中勝則、蒲田耕二の3人です。
会費1000円(w.1ドリンク)
渋谷・国境の南
東京都渋谷区道玄坂2-25-5 島田ビル3F-D
TEL/FAX: 03-3463-5381
最近、シャアビが日本でもだんだん認知されてきたようで、うれしくてたまらない。これくらい官能的な旋律美にみちたジャンルも珍しいもんね。右は、98年に暗殺されたプロテスト・シンガー、ルネース・マトゥーブの遺作アルバム。タイトル・ナンバーで、20分にわたって権力者の糾弾と民衆蜂起のアジテーションをうたっている。
この人、2年前にライヴ・アルバムで初めて聴いたときは、もう一つピンとこなかったのだが、聴き重ねるうち桁外れのカリスマだと分かってきた。抵抗の精神力がすごいだけではなく、ミュージシャンとしてのパワーが巨大。
それじゃ、ロック歌手みたいに力ずくでドナリ散らすのかというと、これが正反対で、トラック2なんか涙ぐましくなるぐらい優しい歌だ。メロディがまた、心洗われるような美しさ。タイトル・ナンバーも、歌詞の激烈さとうらはらに拍子抜けするぐらい淡々とうたっている。人間の器量が大きかったんだね。
下は、シャアビ屈指の名歌手だったダハマン・エル=ハラシの息子カメルのデビュー・アルバム。上掲マトゥーブも、明らかにダハマンの影響を受けている。
全体にテンポを速めに取り、現代風に活きがいい(良くも悪しくも)。ダルブッカの小刻みなビートを強調しているのも手伝って、なんだかシャアビというよりルンバ・フラメンカっぽく聞こえたりもするが、まあどっちもスペイン由来の音楽だし、よろしいんじゃないですか。
田中勝則さんに借りたLPで、いま少女時代の美空ひばりを聴きまくっている。なんでLPかというと、CDより音がいいからだ。CDというメディア自体の欠陥ではないと思うが、どのレコード会社も古い録音をCDに復刻すると、ノイズを削りまくったあげく声の響きをギスギスにしてしまう。
それに対して、アナログで聴く少女ひばりの声の、なんと優しく伸びやかなことよ。後年、大アネゴになってからの、あの下卑たドスなぞ、どこにもない(って、少女だから当たり前か)。
デビューの〈河童ブギウギ〉は笠置シズ子の物まね丸出しだが、2作目の〈悲しき口笛〉で早くも独自のスタイルを確立。まだ12歳かそこらだよ。それでもって、この〈口笛〉がハラワタに染みわたるぐらい切ない名演なんだから、感心するよりアキれて二の句が継げない。
このころのひばりは音域の上半分を裏声で出してるが、その裏声がハンパじゃない。オペラのベルカント式頭声、ハワイアン風のヤツ、小唄風の鼻に抜けるヤツ、ちょっと硬めでヨーデルみたいに地声と急速に交錯するヤツ等々、確認できただけでも4種類はある。
それも出たとこ勝負で出すんじゃなく、曲の種類と雰囲気に合わせて自覚的に使い分けている。同じ津軽モノなのに、〈リンゴ追分〉と〈津軽のふるさと〉で裏声の質が全然ちがう。シツコイけど、十代前半の少女だよ。
それが後年、どうしてあんなに下品なハッタリかます歌に変質してしまったのか。やっぱ〈柔〉のせいじゃないかねえ。あんな空虚なコケ威しが大ヒットして、そのうえレコード大賞なんてお墨付きまで出たから、多分ひばりも世間も勘違いしたんだ。
並の歌手がうたったんなら駄作は駄作で終わっただろうけど、ひばりがうたうと、どんな駄作でもある程度の説得力おびるもんなあ。しかしあれ以来、彼女の歌はすっかり重く仰々しくなった。〈真赤な太陽〉なんか、〈お祭りマンボ〉の鮮烈な切れ味がウソみたい。
ところで、西条八十ってどういう気だったんだろ。13歳のひばりに「男はストリップが大好き」などとうたわせてる。商売気というより、アナーキー? ひばりの存在自体が、戦前以来の道徳観に縛られた当時の大人にはアナーキーだったのかもしれないが。
ひところのバッシングはどこへやら、キング・オヴ・ポップだ不世出のエンタテイナーだ孤高の天才だと新聞もテレビも絶賛の嵐だが、あんな歌手、どこがいいんだ。オレも以前に東京ドームでステージを見たことがあるが、チャチなチンピラ・ダンサーにしか見えなかったね。
いや、子供時代はかわいらしかったんだが、ロコツな白人志向を見せだしてからは、もうアカン。あの人工のアゴとか鼻とか薬品脱色の肌とか、フランケンシュタイン風ホラー次元では確かに空前のエンタテイナーだったけどさ。
昔『未来世紀ブラジル』って映画に、整形手術を受けまくったあげく半透明のゼリー状になって死んでしまうバアさんが出てきたけど、マイケルって、あれを地で行ったんだね。
初々しーーーーーい。もう、抱き締めて頬ずりしたくなるくらい愛らしい女たち。
『ホット・ウィメン』、アメリカのコレクターが選びに選び抜いたSP時代の女声ヴォーカルの粋。それなら、さぞかし大名演が目白押しかというと、歌はむしろヘタなのだ。そのシロウトっぽさがいじらしくて、涙が出る。感情を込めてうまくうたおう、なんて下心がカケラもない。
シェイハ・テトマ、ニーニャ・デ・ロス・ペイネスといった有名どころも入ってるが、東アフリカのスワヒリ女性とかシチリアからアメリカに渡ってきたばかりの移民とか、名もない女性たちの歌の方がさらにいい。後者のシチリア民謡なんか、本場シチリアの歌手がうたった上手い歌よりずっと自然な、切ない真情がこもっている。
それにしても、ケンラン豪華なアレンジでデジタルの高音質録音でノイズまったくなしの最新CDより、こういうSPの復刻盤の方が豊かな音楽を聴かせるのって、どういうわけ?
名盤『クッシェ』のプロデューサー、マルタン・メソニエと21年ぶりにふたたびコンビを組んだアルバムだとか。そのせいか、これまでのハレドに比べてサウンドが俄然、洗練された気がする。エキゾティックな雰囲気には事欠かないが、アラブ特有の重さや過剰さは一瞬もない。
正直いって、若いころのハレドはあんまり好きじゃなかった。シェブ・マミとかカデールとか他のライ歌手とはケタ違いにうまいのは分かるが、声も表情もアクが強すぎて、ちょっとシンドかった。
それが50近くなって、いい具合にアブラが抜けてきて、歌がずっと軽やかに、なめらかに流れるようになっている。『クッシェ』がスリリングな緊張感を楽しませてくれたアルバムなら、『リベルテ』は余裕あるノリを楽しませてくれるアルバムである。久しぶりに、聴いていて背筋がゾクゾクしました。
それにしても、ハレドがこんなにみずみずしいアルバムを作ってるのに、たった1歳違いのユッスーは、どうしちゃったのかねえ。燃え尽き症候群?
渋谷名物(?)レコード・コンサート、次回のお題は
『私の愛するアラブ娘たち』
です。男尊女卑の気風が強いアラブ地域は、同時にベリー・ダンスに代表される女性美をトコトン磨き上げた土地柄でもありますよね。妖艶なコブシ回しを多用するアラブ歌謡は、女声でうたわれてこそ映える音楽かもしれません。そこでアラブ女声ヴォーカルの官能的魅力を、司会のオヤジが三者三様に追究!
また今回から『自慢の1枚』コーナーがスタートします。ご来場の方々にお好きな1枚を紹介していただこう、という企画。秘蔵の1枚、最近の掘り出し物、なんでも結構です。コンサートのお題は無視して、どんどんお持ち寄りください。
4月4日(土)3時30分オープン、4時スタート
@国境の南 Tel 03-3463-5381
Charge ¥1000(1ドリンク付き)